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2022年10月20日

この時代だからこそ


ライカ  ズミルックス 35  狭山市 堀金
私は、被爆地広島で6年間歯学を学んだ
当時友人の中に被爆三世の方もおり、長い時が流れてもなお健康被害で悩まれていた
広島は7つの美しい河が三角地帯に悠然と流れ、 三方周囲を海河山で囲まれたそれは美しい街である
そんな美しい街中の原爆記念公園の石碑にこんな文字が刻まれている
安らかにお眠りください
過ちは二度と繰り返しませんから

これは本当の話である
私は卒後都内の大学病院で研修を行っていた
ある日翌朝まで延びた手術の後、翌朝4時ごろ病棟へ戻ると、
すべての窓が開け放たれ、カーテンが風になびいていた
この時間なぜと、不審に思い呆然と眺めていると
不意に窓から蒼白い光がさしてきて、まるで昼間にいるような錯覚に陥るのであった
しばらくして忙しく戻ってきた看護師が、皮膚科の患者様が今亡くなったことを私に告げたのであった
その時死後のことなど考える余裕のなかった私でさえ、お迎えが来たんだと当たり前のように納得していたのである。
人の幸せな最期はこの様に厳粛なものなのだと確信したのであった
人が死を迎える時
本人が納得できたか できなかったか
残されたものが納得できたか できなかったか
この数通りある
その中で最も悲惨で悲しいものは本人も残された者も納得できない死である
死とは絶たれるものでなく続くものであるから納得できない死は続く世代の不幸と決めうるのである
つまり不幸な死をそのままにしては続く世代の幸せは望めないということである
日本は戦時中、いったいどれほどの納得いかない死を強制したのだろう
ビルマインパール作戦 終戦までのたった1年に20万人の若い命を絶った
その中には民間人 ビルマの国民もふくまれている
そして沖縄戦 広島長崎の原爆
当時の現実を、後世にしっかり知らされたれたのだろうか
すべての御霊は成仏したのであろうか
ご遺骨はしっかり収集莞爾できたのだろうか
戦後の本当の意味での国を挙げての反省が行われたのだろうか
まったく不完全極まりないと感じるのは私だけだろうか
広島で刻まれた、言葉の主は今の日本をどう感じるであろうか
広島出身の総理は、国民の命と財産を守るためにあらゆる防衛策を講じると豪語しているが
防衛費の増額
これは根本から間違っているのではないだろうか
日本人にとって本当に守らなければならぬものはもっと別にあるのではないだろうか
命や財産よりも大切なもの。
間違いなくあると感じる、
つまりどんな表現が妥当だろうか
暴力の無意味さ悲惨さを身に染みて経験した私たちは
あの時
生命をかけて武器を捨てることを誓ったのではなかったのか。

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