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2022年07月24日

毎朝ここにあるもの

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日の出後の僅かな時間。
夏の青く澄み渡った空に、遠く背の高い木々の深い緑が重なり。
朝だけの涼風が私の農園の葉を揺らす。
東の空には無事に生を受けた若いツバメ達が自由を謳歌するように群翔し弧を描く。
ほんのひと時、暑さを忘れた朝の農園で、葉に隠れて密かに赤く熟す大玉のトマト。
落とさぬように大切に左手を下に添えて枝からトマトを切り落とす。
手に落ちた瞬間、私はある種の強い重みを心に宿す。
そしてなぜか毎度に微笑んでしまう。
いずれの収穫においても同じことを繰り返していると心に蓄積した確信が自分の体に染み込み合点となる。
なんと表現したらよいだろうか。
太陽と土との間で生を受け取るとでも?

昨日のことは忘れよう、きっと今日はいいことがいっぱいある。
夕食にはこのトマトをおいしくいただき、また明日もきっとここに元気に来よう。
今私は元気に生きている、ありがとう感謝します。
そんな感情か?
近年想像絶する酷い事件が多発している
その中で容疑者の言葉
所持金が尽きたので明日やろうと思った
人はお金のために生きているわけではないしお金が人を生かしているわけでもない
ましてお金が無いことが殺害のきっかけになっているとは。

今の時代、平和な世界のようで実は命の重みが極めて軽い時代なのかもしれない。

人が大きな過ちを犯すようになったのは、
自分の食するものを自分で作らなくなったからではないだろうか
。
現代人にとって生かされていると言う実体験がほぼ全てにおいて欠如している?
トマトを受ける手の平の重みには戦争もなければ領土も武器もない
そんなもの考える余裕はない。
最近そんな感情があふれて仕方がないのだ。

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