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魅了し続ける手術

私は広島大学を卒業した後、縁があり、慶応大学病院の口腔外科に在籍しました。
その中で最も貴重な体験は何と言っても半年間指導医師のもと歯科麻酔科医として全てのオペに立ち会うことができたことです。伝統ある慶応病院の手術室での研修です。
ここで今でも私を魅了してやまないオペ(手術)というものを紹介します。
命をかけて病と戦う場所、それがオペ室です。
患者さんがストレッチャーに乗り手術室に入ります。
手術は頂点にオペレーターと言われる一人の執刀医が必ず存在します。
その他に第一助手 第二助手 機械を出す機械出し看護師、そして麻酔医。
これがワングループとなります。

さて、麻酔がかかり、手術が始まる。
シーンと静まり返った中に心臓の鼓動を表すモニターからの電子音。
それとかすかに器具が触れ合う金属音、落ち着いて指示をする言葉、それ以外にはほとんど音はしません。
1秒を争う手術ですから 全てが機能的で間違いなく、看護師の出す器具そしてそれを受け取る医師の無駄のない動きとなります。
実に緊張感のある中での静寂で神聖な時間です。

ある時、こんなことが起きました。
ちょっとしたことで、術野から多量の出血がありました。
それはもう大変なことです。放置すれば命に関わります。静まり返った空間が一時戦場のように全ての人たちが動きます。
麻酔医は出血を補うために輸血の用意を始め、助手は素早く手際よく器具で止血を始めます。
そんな時に助手が1度だけ器具を床に落としました。皆が慌てているんですね。

しばらくして止血も終えた、一息つけるかという時に執刀医がこんなことを言いだします。
「ねえ、病院の門の外に新しくイタ飯屋ができたね、行ったことある人いる?」
その質問に若い看護師が答えます。
「私は行ったことがあります」。
「へえ、もしかして彼氏と行ったの、何が美味しかった?」と医師
「やだー 先生!」
全体の雰囲気が一瞬にして和みます。
緊張していた全てのスタッフが微笑みの中で少し心と体を休めます。
「そのうち行ってみたいねー。」
そんな話をしながら、そこからはまたいつも通りの神聖な手術室に変わっていきました。

私はその時こう感じました。
執刀医の役目というのは的確な診断の下で病変を取り除き患者を救う、これが第一ではあるけど、それと双璧となるほど、周りのスタッフに円満に仕事をさせること。
これが2つ目の大事な仕事であるんだなと。
手術室はオペが始まれば執刀医を頂点にした1つの船である。
医師は全てにわたってキャプテンなわけです。
そんな神聖でありながらもある意味戦場である手術というものに、私は憧れを含め取りつかれてしまいました。
ここ狭山に開業してからはそのような機会に恵まれることもなかったのですが、しばらくして友人にインプラントの手術をしてもらうことがあり、再びその手術というものを体験できる機会を得ました。
今は月に4、5回は自分自身が、インプラントと歯周病のオペを行っています。
よく YouTube でインプラントの手術の動画を見ますが、患者さんに、今削ってますからね、とか今縫ってますからね、今ちょっとドリルを当ててますから、などと進行状態を示すようなことを声高に言います。できる医師を誇張するがごとく舞い上がっているようです。テレビの見過ぎです。
けれど、これは私から言わせると本当のオペを経験していない先生です。
執刀医というのは患者さんをいかにリラックスさせ手術に臨むか、これを考えます。
いちいち工程を説明したり、大きな声で指示してみたりすることは全くのナンセンスです。

それでは、3日前に行ったインプラントの手術の時の私の喋りをちょっと披露してみましょうか。
たまたま衛生士学校に通っている二十歳台の女性がアシスタントに着きました。
オペが始まって10分ぐらいした時に私はこうつぶやきながら正確な手の動きを止めません。
「この狭いお口の中でこんなことができるなんてすごいと思うでしょ」と私が優しく静かにつぶやきます。
「本当にすごいと思います。」と助手
ここで患者さんは聞き耳を立てるんですね。自分に言ってるかもしれないと緊張を忘れ、少し聞き耳を立て始めます。
私は続けます。
「家庭を顧みず、趣味もそっちのけで30年間これをやり続けてるからね。」などと
そしてちょっとした 寅さんのように人生訓なども含めます。
「人間というのはね30年やってもできることはたった1つだけだよ」
「でもね、それでいいんだよ。」
「あなたも今回私の勧めで衛生士学校に行って、歯科衛生士という資格を取ったら、それをずっとやり続ければそれがとても正しい生き方なんだよ。」
「人間っていうのはそんなにいろんなことができるものではないんだよ。」
と、ブツブツ
そのように、静かに穏やかにオペは進行していきます。
患者さんは話を聞きながらこんなことを考えるかもしれませんね。
私は今30年の経験を持つ先生から手術をしてもらってる. 安心だな。なんてね。
こうやって私は当時慶応病院の手術室で学んだ術者としての心得、それを未だに参考にして患者さんをリラックスさせながら手術を進めているのです。
どうでしょう?
皆さんテレビの中の手術室も確かにそれらしいとは思いますが、
実際その場所にいるのとテレビを見るのではかなりの違いがあるものです。
しかしこれは本当に私が悟った人生訓です。
たった一つできるようになれば、そしてそれを続けられれば
人生それで乾杯‼ でーす。
最後に、当時看護師に彼氏と行ったの?と冷やかした医師をセクハラだと言いたい方いますか?
いろいろと世知辛い世の中になってきました。
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