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梅雨の季節に

最近ニュースで、高校生がSNSでの指示で平気で人を殺してしまったり、簡単に物を奪ったりしてしまう。
どうしてもこの動機が私には理解できない.

皆さんいよいよ梅雨の時期です。
梅雨の時期に思い出すことがあります。
この時期はよくこんなことがありますよね。
運動会、その他外でやるイベント、それが残念ながら雨で中止。
私も小さい頃こんなことがありました。
当時は夜の7時半からは必ずテレビで巨人戦を見る。
家族全員がジャイアンツのファンで父親は枝豆にビールそして野球観戦。
非常に平和な家族の風景ですね。
私もそんな影響で、小さい頃はジャイアンツファン。
父親が仕事の関係で、たまにジャイアンツとヤクルトの試合のチケットをもらってきていた。
それはもう楽しみですね。
ところが、当時は屋根などございません。
雨天の場合は中止です。
ある時に、残念ながら予定日には雨が降り試合は中止、せっかくいただいたチケットが無駄になりました。
当時の私はまだ小さかったから、とにかく悲しくて悔しくてどうにも気持ちが収まらなかった。
まだ当時は世の中にはどう頑張ってみても無理なことがあるのを知らなかったのですね。

よくデパートで何かを欲しがって泣きじゃくっている。
そのような子供が昔は幾人もいましたが、今はほとんど見られなくなりましたね。
欲しいものが手に入らないで泣き叫んでいる。
親のしつけが悪いからこうなるのだと判断される方いらっしゃいますか?
実はこの欲望に対する強い反応、これこそが生きる力なのですね。
若いということなのです。
私のような高齢者にはすでにこのような反応はありません、知恵がつけば大概は何とかなる、あるいは、すぐにあきらめられるからです。
けれども、子供が何かを欲しがって、どうしようもなく泣いている。
これは成長期にはとても必要なワンシーンなのですよ。
いずれそんな子供も、歳を重ねれば、
頑張って手に入るものと、どう泣き叫んでも無理なものの物の区別ができるようになる
そしてさらには、可能ならば自分の努力で手に入れることを学ぶのですね。

けれども今の世の中を見てどうでしょう。
野球場は屋根がつき、雨が降っても観戦できるし、色々なものが便利になり、泣かなくともその前に準備周到、すべてがそろっている。
今や我慢して手に入れるものなどなくなってきてるんではないですか?
すなわち若い人たちに生きる力強さというものが成長しないのではないかといつも危惧しています。
しまいには、努力なしでなんでも手に入れようとする。

さて私がはまっている、畑作業と、季節の保存食造り。
すべてが自然任せなのです。
よくこんな感覚ありませんか。
洪水でビニールハウスが水没しトマトが全滅。台風でサクランボが全滅。
アナウンサーがマイクを向けると、意外に落ち着いて「仕方がありません」との返事。
季節を頼りにされている仕事の不自由さを十分わかっているので、また来年に希望を持てるのですね。
そこかしこに不自由があってこそ、平穏で穏やかな人間が出来上がるのです。
そんなことを考えますと、このわけのわからない事件の背景にはやはり若い人たちを取り囲むこの社会の構造にも問題があるのではないでしょうか。
決して他人事ではありません。
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