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2026年08月30日

忘れられない推薦状

先日こんなことがありました。

アルバイトをしている高校生の女の子が来年歯科衛生士学校に行きたいので、推薦状を書いてくださいとお願いしに来ました。

ご両親が気を使って私の好きなお酒を授けてくださった。

推薦状を書いてみると、自分もそういう年回りになったんだなとつくづく感慨の念を禁じ得ません。

推薦状といえば忘れられない私自身の過去に関する一件があります。

それはもう35年前のこと、広島大学の歯学部を卒業して、私はどうしても慶応病院の口腔外科に在籍し研修したかった。

卒業して慶応大学の研修医試験を受けるためには、その条件として学部長の推薦状が必要だった。

歯学部の学部長にお願いすること、それはもうハードル高いですね。

しかし、どうしてもそれを受験したかったので、私は意を決して当時の学部長の部屋をノックしたのであった。

先生は私を前にして意外に親身になって、「どうした」と。

「私の進路についてお願いがある」と言いました。

おそらく先生は薬理学の教授だったので、自分の教室に残りたいと言ってくれるのではないかなと少し期待してた面もあったと思います。

しかし、私はこう言ったのです。

「卒業して慶応大学の口腔外科で研修したい。そのためには先生の推薦状が必要なんです」と言いました。

先生は快くこう言ってくれました。

1週間後に取りに行きなさいと。

そして私は両親からの手土産を持参し1週間後に頂きに上がりました。

こんな内容でいいかと、忘れられない文面です。

ブルーの万年筆で流れるような文字で、それは、これ以上にない私への賛辞を述べておりました。

多忙極める職務の中で、ただの学生1人のために便箋1枚に有り余る賛辞を並べ私を送ってくれたのです。

「これで良いか? 頑張りなさい」と一言。

私はこのような推薦状を今回を含め3度書きました。

そのうちの1つはもう歯科衛生士学校に通い卒業し、立派な歯科衛生士になり、主婦になり子を育て本当に立派に生活されていまだに写真付きの年賀状を送ってくれます。

若者にとっては、その時だけの推薦状でしょうが、大人が子供に推薦状を書く時は、一時的にどんな結果になろうとも、その子がいつかどこかで幸せに終焉してもらいたいと願いながら筆を取らねばならぬのです。

秋を感じるこの頃に、ふつっと昔の自分を思い出し、貴重な方との縁を思ったのでありました。

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