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一瞬の邂逅

人はある時、一瞬にして長いこと忘れていた心の動きを想起する。
もうずっと体のどこかにまぎれ、しまい込んでいたような感情だ。
例えば迷いのない優しい心、まるで生まれたての無垢な心、打算のない温かい笑顔、真心のこもった優しい言葉、そのようなものにふと出会う。
忙しく歩く通勤途中に、不意にぶつかり対面し、その互いの瞳を映しこんだような瞬間。
ふたりが持つ、時間の過ぎ去る速度の違いを体感する一瞬。
そんな時によみがえる感覚だ。
それはかなり高齢の患者さんで以前は通院していただいていたが、ある時を境に車椅子生活になり、御夫婦2人で施設へ入居された。
通院時も、いつも際立ってやさしさのあふれる笑顔を絶やさない方であった。
ご家族の方も、例えば息子さんは今でも定期的に通院されていている。
ありがたいことにある時期から入れ歯の調整で私が往診をしている。
お会いする度に、入れ歯の調整をしながら、世間話や日常の何気ない出来事などを互いにお話するようになる。
白衣を纏った私に、ご家族のお話、例えば決して人には言えないだろう苦労話なども本当にありのままお話いただける。
こんなにもご苦労されていてもなお、燦爛とした表情に圧倒される。
私などはまだまだ、いや、どこまでもペイペイだろう。ただ今は白衣を着ているから。
私はお国の許可をいただいて白衣を着ている、
仕事には二つあり、誰かがやらねばならない悲しい仕事もあれば、このように、まるで良かったと心の底からホッとする仕事もある。
5回目の訪問だったか?お部屋の隅に飾られている色画用紙で作ったような花飾りを見つけた。
色とりどりの紙をきれいに花弁状に折り畳み、丁寧に終結している。
「これはどうしたのですか?」と、
おそらく創造物であることは分かっていたがあえて聞いてみた。
予想通り、満面の笑顔のなかに。
「これはね、仲間のまだ頭がはっきりしている人がスマホで学んで100均で手に入る折り紙を畳んでこのような花飾りを作り私たちにその作り方を教えてくれているの、とても綺麗でしょ」と、
そして、さらに引き出しから同じく色画用紙で作ったコマやあるいはキーホルダー型の飾りを出してきて私に自慢するのである。
可愛らしい笑顔で楽しそうに作り方を説明しだした。
私はふとふと体の力が抜け、遠く彼方に忘れていた温かい感情が心に競り立ってきた。
いられなくなり、とにかくスマホで写真を撮り、ただただ、「きれいだきれいだ」と。
それが精一杯だった。

そんな時、小学校の頃、夏休みに田舎の祖母に久しぶりに会った時の記憶が蘇るのである。
「よく来たよく来た」と、ふかしたばかりの唐きびをざるにあげて「あがっさい あがっさい」と、
それらは机上にまだ湯気を立てていた。
小さな私には、愛らしい無垢な心でそのままそっと包んでくれるとてもとても安らかで温かい瞬間であった。
お花を作った方は散々年老いてもなお人を暖かく柔らかな光の中にの中に包んでくれる。
果たしてどれだけ愛情の貯金を心に持ってきたのであろうか。
私はただ心と体を不動にし、はにかみながらうつむきそして心安らかになったのであった。
人との出会い、感激をする人との出会い、そして忘れてしまった昔の心の邂逅。
残念なことにもうそんなに巡り会えないかもしれない。
「今度来た時に先生に1つ作ります、プレゼントしますから。」
最近このように嬉しいプレゼントをもらったことがあったであろうか?
佐藤 敦
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